読書ノート

マルティン・ルター

世界の歴史において、あるいは少なくとも西欧の歴史において、決して見過ごすことのできない革新運動に宗教改革がある。この宗教改革によりローマ・カトリック教会からプロテスタントが分離した。この宗教改革の引き金となったのは、マルティン・ルターの免罪符(贖宥状)への批判である。

マルティン・ルター――ことばに生きた改革者 (岩波新書)は、ルターの生涯と思想、当時の民衆の思想、宗教改革について分かりやすく述べている。

ルターの幼い頃から修道士になるまで

ルターの家系は代々農家でさほど困窮していはいなかった。しかしルターの父は村を出て、ザクセン地方に向かった。当時のザクセン地方は、銀や銅、スズの生産量が飛躍的に伸び、活況を呈していた。この地方で一旗揚げようと、ドイツ各地から労働者たちが集まっていた。ルターの父は、そうした成功を夢見る若者の一人だった。そして、銅鉱夫から身を起こしたルターの父は、精錬炉を3つ経営する実業家になり、町の名士の一人に数えられるようになった。

辛苦の中で人生の階段を登っていったルターの父は、ルターに並々ならぬ期待をかけた。それは単に親の跡を継がせるという以上のものがあった。ルターが5才にもならないうちに、マンスフェルトの教会付属学校に通わせた。8才の頃にはラテン語学校に通わせ、読み書き、算術に加えて、ラテン語文法、論理学、修辞学の初歩も学ばせた。

ルターの父は、ルターを大学にやり、法律を学ばせて、宮廷の顧問官か、あわよくば宰相か、それが無理なら同業者仲間の法律顧問にと考えていた。父祖代々の職業を継がせる傾向が強いドイツで、これほど教育熱心な親は非常に珍しかった。ルターは、そんな父の意志に従って、人口2万と言われた当時の大都市エルフルトの大学に入学した。

大学時代は入寮して修道士に近い生活を送っていた。朝は4時に起床、昼間は3つの講義とそれに関係する演習に加え、霊性の訓練、夜8時には就寝と定められていた。論理学や修辞学、自然哲学なども学んだ。ルターは優秀で、最短で教育学士になり、教育修士にもなれた。修士になると、自分の希望に従って医学部と法学部、神学部のいずれかを選ぶことができた。当時は神学部が一番格上だったが、ルターは父の希望に従って、法学部に進んだ。

こうして法学を学んでいたが、ある日、故郷に帰省する途中の道で、突然の雷雨にあった。雷鳴と共に稲妻が走り下り、ルターを地面になぎ倒した。死の恐怖の中でルターは思わず、「聖アンナ様、お助けください。私は修道士になります!」と叫んだ。こうしてルターは法学部を辞めて、アウグスティヌス隠修修道会戒律厳守派の裏門を叩き、入会を志願した。

ルターの修道士以降の人生

修道院での修行が始まり、神父から「熱心に読むように」と旧約聖書を渡された。ルターは、この旧約聖書の全文書をほとんど暗記するまで徹底的に読んだ。

また、修道院の生活は厳しかった。中世末の教会や修道院に関しては、しばしばその堕落が指摘されるが、ルターのいた修道院は最良の部類に入るものであった。そのため、ルターは宗教改革を推し進めたのは、修道院の堕落ではなく、当時の修道院の最善の部分に潜む根深い問題、すなわち自己満足と傲慢とに気づいたためであった。

さて、当時は活版印刷が始まって50年くらいしかたっていなかったため、書物は非常に高価なものだった。改定には聖書すらなく、書物も持っている人などはほとんどいなかった。したがって民衆は自分の家で聖書を読むことはなく、教会での説教でしか聖書の内容を把握することはできなった。

ルターのいた修道院は幸いにも聖書の本があり、ルターは自分の小さな部屋で聖書を読むことができた。ルターは修道会の期待に応えて勉学に励み、神学教授への階段を順調に上っていった。神学を学び始めてからわずか数ヶ月で聖書学士となり、さらに数カ月後には神学命題集学士となった。

そして、1511年、修道会に命ぜられて籍をヴィッテンベルク大学に移す。ルターはこの地で神学研究を続け、翌年には神学博士となり、聖書教授に任ぜられた。

免罪符(贖宥状)

当時の説教者は大きな集金箱を据え、お礼をひらめかしながら、説教をしていた。そのお礼が「免罪符」である。これを買えば、自分の罪への罰がすべて帳消しになると謳われた霊験あらたかなお札である。

免罪符は怪しい霊感商法に見えるが、当時の民衆の要求に十分応えていた。問題は、不安な民衆の要求に乗じて、説教が民衆の魂を間違った方向に導いていることであった。聖書のことばを解き明かし、その意味を正しく語り伝え、民衆の魂を神に導いていくべき説教が、神ならざるものへと誤り導く道具に使われている。安易なかたちで罪の赦しを与え、民衆の心を動かしていく説教に対して、ルターは激しい憤りを覚えた。ルターは信仰の基本に立ち、イエス・キリストのことばを語り伝える説教者として、この状況に対してどうしても発言せずにはいられなかった。

しかし、人間の罪をめぐって起きていた当時の状況に対して発言するということは、ローマ・カトリック教会という、ひとつの大きなシステムに対して疑義を提示することになる。ルターはローマ・カトリック教会という無謬のシステムに対して、根源的な問いを投げかけることになる。

九十五箇条の提題

1517年10月末に公にされた討論提題が、全ヨーロッパにルターの名を知らしめ、のちに宗教改革と呼ばれる歴史上の大事件をもたらす引き金となる。

ルターが示した提題は「九十五箇条の提題」と呼ばれている。もとはラテン語で書かれていたらしい。そしてわずか2週間ほどで全ヨーロッパを駆け巡り、大反響を巻き起こした。今で言えば、B4くらいの紙一枚にすぎない文書が、キリスト教の歴史を変えることになろうとは、ルター自身も想像すらしていなかった。

この提題の紙はヴィッテンベルク城教会の扉に提示された、と言われているが確かではない。確かなのはルターが大司教宛ての手紙に提題の紙が添えてあったという事実のみである。

免罪符(贖宥状)とルター

ゲルマン世界には「損害と賠償の代理」という考え方があった。ゲルマンの世界では、他社に損害を与えた場合、その損害に対する等価の賠償を必要とし、その賠償には代理をもって当てられるという慣行があった。これがキリスト教と融合したのが贖宥である。

人間が罪を犯せば、それは神に対して損害を与えたことになる。したがって、人間は神に対してその損害を賠償しなくてはならない。そこで、罪を犯した人間はこれを心から悔い、神の代理である司祭の前で自らの罪を告白する。告白を聞いた司祭は、神に代わって罪を赦すと共に、それに続いて罪の償いのために一人ひとりに相応しい罪を科し、罪を具体的な行いによって償うように求めた。

当初は真剣な行動であったが、この償いの行いが民衆の間にも広まり一般化され、ひとつの制度になると、徐々に空洞化がすすで行く。厳しい償いをしなくても、罪の赦しが受けられるように変わっていった。自分に科せられた罰を自分で果たすのではなく、誰か別の代理を立てて果たしてもらうのである。これが贖宥の始まりで。更には、人間は日頃の良い行いを業績として積み立てておけるとみんされるようになり、その積立を償いに当てることもできるとされた。

贖宥状という便利なものが生まれてからは、もはや身を持って罰を受ける必要もなくなり、代理人を立てる必要もなくなった。そんな便利なものがあるならば、人々は欲しがる。免罪符(贖宥状)ははがて金銭と結付橋になり、教会に金銭などを寄進すれば誰でも得られる、というふうに発展した。こうして、ヨーロッパ各地の教会を通じて、教皇庁に莫大な金銭が流れ込むようになった。いわば、教会の経済システム化である。

ルターは、「犯した罪を赦すかどうかは神の愛のみであって、教会が赦しを与えるものではない。人間の我欲や利得とは一切を関わりをもたないはずである」、と考えた。これがルターの九十五箇条の提題の大まかな内容である。

しかし、ルターの思惑とは違い、宗教改革は神学的な議論ではなく、政治的な議論に発展し、カトリックとプロテスタントとの戦争になった。ルターは政治的な話はしたくなかったので、政治的な議論を繰り広げようとうするプロテスタントを良く思わなかった。

ルターはこうした内紛が起き世の中が混乱している最中の1546年2月18日に寿命でなくなった。ルターが死んだ後も宗教改革は続いていく。

ルターは「ことばに生きた人」だった。修道士になってから、聖書の内容に深く取組み、その教えの中心を捉えようと、生涯かけて格闘し続けた。そして、その聖書のことばを、民衆のために、民衆の分かる言葉で説き続けた。宗教改革とは、そのルターが聖書のことばによってキリスト教を再形成した出来事であった。

おすすめ記事

読書ノート

2021/4/13

なんでもわかるキリスト教大辞典

キリスト教の教えや特徴、独特の用語をキリスト教の内部にある複数の流れ、要は「教派」ごとに説明している。聖書や神学、教義、教会史、礼拝学、芸術、個人の伝記、信仰録など、キリスト教を知るための切り口は様々だけど、その中でも「教会」に焦点を当てている。図解も多くわかりやすい。

続きを読む

読書ノート

2021/3/31

政治のキホンが2時間で頭に入る

政治とは国会と内閣、裁判所について学ぶことである。この本は政治について「分かった!」という感覚を与えてくれる。

続きを読む

読書ノート

2021/4/14

医者が教えるサウナの教科書

「仕事ができる人はサウナが好きではなく、サウナが好きだから、仕事ができる」として、サウナへの愛を語っている。理由なしにこれを言うとただの洗脳だが、サウナが仕事のパフォーマンスを上げる医学的根拠をきちんと説明して、医学的に正しいサウナへの入り方(ととのい方)を紹介している。

続きを読む

読書ノート

2021/4/20

プロテスタンティズム

ルターが新しい宗派であるプロテスタントを生み出したという説明は事実に反する。ルター自身がプロテスタントという意識を持っていなかった。教会の改革や刷新を願ってはいたが、新しい宗派を創設する意志などなかった。ルターは、壊れた家を新しく立て直そうとしたのではなく、土台や大黒柱は残して、修繕が必要な部分を新しくしようとしたのである。

続きを読む

読書ノート

2021/4/21

ナチスの発明

野蛮で残虐な侵攻や迫害は世界のあらゆる国、あらゆる民族でも行われた。それが最も極端な形で現れたのがナチス(ヒトラー)である。人類は、ナチスが何を思い、何をやったのかを、もっと冷静に、もっと深く知る必要がある。ナチスの時代を真っ黒に塗りつぶしてきた歴史観は、そろそろ修正されなければならないのではないか。

続きを読む

読書ノート

2021/4/22

楽しみながら学ぶベイズ統計

面白くて多様な事例を使って、ベイズ統計の基礎と活用法を解説する入門書である。本書をマスターすることで、不確実な事柄を数学でモデル化して、限られたデータの中でより良い選択を行えるようになる。

続きを読む

読書ノート

2021/4/28

仏教が好き!

根っからの仏教好きな二人による仏教の愛の対談。古色蒼然とした仏教イメージが一気に吹き飛ばされる。

続きを読む

読書ノート

2021/5/27

日本人のための第一次世界大戦史

ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言った。歴史からエッセンスを抽出し、条件の異なる現代を正しく理解するということ。まず第一次世界大戦という基本的な史実を知らなければならない。

続きを読む

読書ノート

2021/5/20

ヒトラーとナチ・ドイツ

ヒトラーとナチ・ドイツは、21世紀を生きる我々が一度は見つめるべき歴史的事象に真摯に向き合うことで、現在・未来のための教訓をたくさん導き出すことのできる歴史である。

続きを読む

読書ノート

2021/6/6

物語創世

文字を読むことができる人は一読に値する本。聖書からハリー・ポッターまで、書字技術の発展と共にそれらがどう広まり、どのように宗教、政治、経済を歴史や人物そのものを変えていったのかを説いている。

続きを読む

読書ノート

2021/6/8

日本車は生き残れるか

本書は、欧米に比べて日本がいかにダメなのかを語るのが目的ではない。日本の自動車産業も一刻も早く、モノづくり以上の付加価値を生み出すことで、「日本経済の大黒柱」であり続けて欲しいと願っている良書である。

続きを読む

読書ノート

2021/8/21

完全教祖マニュアル

新興宗教の教祖になれば夢は全て叶う。本書を読むだけで遥かに有利なスタートを切れる。本書を信じ、本書の指針のままに行動してください。本書を信じるのです。本書を信じなさい。本書を信じれば救われます。

続きを読む

読書ノート

2021/9/20

13歳のきみと、戦国時代の「戦」の話をしよう。

“終わりの見えない戦乱の世”も、まさに先の見えない時代であった。そんな時代を生き抜いた武将たちのエピソードが、参考にならないわけがない。歴史は、失敗も成功もバズりも炎上も書いてある、生きた教科書である。

続きを読む

 

 

 

 

 

 

 

-読書ノート
-, , , ,

© 2023 Fukurogiブログ Powered by AFFINGER5