Amazonで買い物すると、物によっては当日中に家に届く。これは、Amazonが「地球上で最も豊富な品ぞろえ」と「地球上で最もお客様を大切にできる企業」ということを理念して、これを実現するために、妥協せず、常識に縛られず、様々な施策をした結果である。
ここ数年、アマゾンに関する書籍や雑誌の特集などが多いが、そのほとんどは表面的にアマゾンのサービスや施策を取り上げ、「アマゾンはすごい」で結局終わってしまっている。著者の渡部健二は、「これではアマゾンの本当の強さの理由が分からない、日本企業が参考にすることさえできない」、と感じ本書を出版した。
なぜアマゾンは「今日中」にモノが届くのかでは、Amazonの物流戦略を中心に、アマゾンという社会がなぜそんなにも強いのか、一体どんな理念や文化を持って経営を行っているかを紐解いている。
物流三国志
取引先に競争させる
アマゾンは全ての取引会社を互いに競争させることで、完璧な経済合理性をもって契約を締結する。他社に対して競争優位性を築こうとする取引企業の努力を利用して、高い品質を担保し、Amazonにとって有利な取引条件を引き出す。
例えば、本を仕入れる際に、各取次会社に様々な条件を提示して、互いに競争させ、最も条件の良い業者から順位付けをする。そして、順位が上の会社から優先的に購買リストを渡す。この仕組を「カスケード」という。カスケードの順位で1番になるのと3番になるのとではアマゾンからの注文量が大きく変わる。そのため、どの業者も順位のトップを狙って必死になり、気づけば値下げ合戦の渦中に放り込まれれる。
じつはそこにちょっとした罠がある。例えば、トップのA社の売上が2,000億、2位のB社の売上が500億円だとする。で、B社がA社との差額1,500億円を値下げして手でもカスケードのトップに着いて取りに来たとする。
ここで、A社が売上2,000億円に対して利益が100億円、B社が売上500億円に対して利益が90億円だったとする。売上差額は1,500億円で大きいが、利益額の差は10億円しかない。この10億円の利益を追求するために1,500億円分の設備投資等をしないといけないリスクを考えると、利益率を担保したまま500億円の売上を維持するのが良さそう。会社的にも株主的にも売上よりも利益を重視するのは問題ない。しかし企業というのは、営業部門とファイナンス部門が分かれていたり、IRや株価などの複雑な力学が働いて、売上を軽視できない実情もある。
もし、A社が方向転換し、その結果売上が2,000億から500億になり、利益が100億円から90億円になったとする。利益には大差がなくても、今まで売上2,000億を記録していた会社が、突然1,500億円を落としたら、株価にネガティブな影響を与えてしまったり、今までの投資が無駄になることも十分にある。やっぱり売上も維持したいとなる。
会社は単純に経済合理性だけで考えられなくなり、これが、アマゾンが利用する毒まんじゅうなのである。しかも、アマゾンには日本特有の義理人情による取引が通用しない。アマゾンと取引を継続する限り、どの会社も追われるように競争をし続けることになる。徹底したマージンコントロールにより、利益を増やして、人を雇い、様々なテクノロジーを実装して、拡大していったのがAmazonなのである。
アマゾンによって日本の物流業界に何が起きたか
ある日、平和な日本のビジネス界にアマゾンが本気で乗り込んできた。死ぬほど金を持っているAmazonは、「この条件で承諾しないなら、契約を破棄します」と言って、本気で取引先を切る。今まで「優しさ」をベースに取引を行ってきた日系企業にとっては、アマゾンの合理的すぎるやり方は衝撃だった。しかし、アマゾンとの取引額が1,000億、2,000億というような額になると、そう簡単に契約を着られるわけにもいかなくなる。仕方なく値下げやその他の不都合な条件も呑まざるを得なくなった。
こうして、アマゾンは、ヤマトと佐川、日本郵便を競争させた。ある時はヤマトが、またある時は佐川が、という風に3社必死にアマゾンに食らいついた。食らいつけばつくほど、営業利益が下がっていく仕組みになっている。配送業者においても、気づけば皆が利益度外視で価格競争に躍起になっているという状況が出来上がった。
Amazonとの取引で優先順位が落ちると、旧に売上が数百億円落ちるということもある。なので、アマゾンの希望を満たすように、優先順位を落とされないように、価格もサービス要求も受け入れていく。Amazon以外のネット通販業者もアマゾンに追従してサービスレベルを上げたので、配送業者は採算度外視でそれに対応し続け、疲弊していった。
配送業者から見ると、Amazonは悪者のように見えるが、アマゾンは顧客のために高い理念を追求しているだけである。
アマゾンの台頭により、日本の通販市場が拡大すると、それに応じて物量が増え、宅配需要が加速していった。そうすると、業者間の競争だけではなく、同じ会社の中でも営業所間での競争が発生するようになった。各営業所の営業マンが、本来あるべき料金体系を無視し、営業所単位で独自に値引きをし始めた。その結果、採算が取れなくなり、この競争から最初に降りることになったのが佐川である。2013年、佐川はアマゾンとの取引を打ち切った。もともと日本郵便とヤマトの間には圧倒的な差があったので、この宅配便の三国志は佐川が降りた時点でヤマトの一人勝ちになった。
しかし、そんなヤマトも、営業所の中には大変な状況になっていた。本来ヤマトの宅配便は、荷物のサイズと重さ、運送距離によって料金体系が決められていたが、特定の荷主に対しては一律料金を採用したり、30kgの荷物にも関わらず20kgの重さにしてサービスしたりするなど、採算の合わないことを営業所単位で無数に行っていた。その結果、利益率が下がり、急増する荷物の量に対して人手不足の状況が続いた。
そんな危機的状況の中、2017年4月、ついにヤマトが決断を下した。それが配送料の値上げだった。ヤマトは、ここ数年、人手不足に苦しんでいることや無理難題を押し付けられている「被害者」であることをメディアを通してアピールして、今後は「健全化」を目指すと公表し、配送料の値上げを実施した。また、営業所単位で勝手に運用され、破綻していた料金体系などのルールも徹底することにした。
さらに、ヤマトは「総量規制」も実施することにした。ヤマトは1ヶ月あたりに送ることができる荷物の最大量を規制した。今までは早く届くことを売りにして、「当日までに届く」ことが当たり前だった通販事業者にとっては、この総量規制は大打撃だった。しかし、ヤマトは強気の姿勢を貫いている。ヤマトの「健全化」策は、このように通販業界に大きな影響を与えている。
普通に考えれば、ヤマト以外の配送業者もうまく使っていこうとなるが、佐川は体制が弱りきっており、既存顧客との取引は継続するが、新規開拓はしないと言い切った。そこで、力を伸ばし始めたのが日本郵便です。日本郵便には資金があるので、とにかく価格を下げて、ヤマトと佐川が取りこぼした荷主をどんどん受け入れている。
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物流は顧客満足度に直接関わり、ビジネスの成否を左右する重要な存在として、中心的な部門の1つであるオペーレーション部門の中に位置づけられているのです。
「物流戦略を効果的に働かせるアマゾンの組織体系」より
多く人は、倉庫に、古いとか汚いとか底辺の人が働いているとか喫煙率が高いとかイメージしていると思う。倉庫とか資材部なんかより、「マーケティング」とかの横文字系の部署の方が魅力的だと考えている若者も多い。しかし、Amazonのようなネット通販事業者の場合、顧客との接点は、ウェブサイトと商品が顧客の手元に届けられるところしかない。物理的に人と人とが触れ合うのは、商品が顧客に配達され、手渡されるところのみなる。
そこでアマゾンでは、唯一の顧客との物理的な接点である「顧客の手元へ商品を届ける」ところのサービスレベルを最大限まで上げる、ということを理念に掲げている。倉庫管理に優秀な人材をあて、ハイテクを駆使し、徹底したマージンコントロールを行っている。倉庫の効率を飛躍的に上げることで、その利益を「安い・速い」という形で消費者に還元している。すると自然に購買数が増え、さらなる設備投資が可能になる。無敵のサイクルを作り上げた。
一方日本の普通の企業では、物流は滞りなく動いていれば良い、というような扱いで、会社を動かしているのは営業や販売、マーケティングなどの部門であると考え物流系の人を小馬鹿にする。それではAmazonには一生勝てないし、食い物にされるだけである。
アマゾンではなぜ、このように上流から下流までをつなげて効率的にシステムで情報連携することが可能なのでしょうか。それは、自前でシステム開発ができるということが1つの大きな理由です。
「自前でシステム開発を行う強み」より
Amazonでは基本的に、システムを外部に委託せず、自社で開発している。同じお金をかける場合、内製するよりも速い開発ができるし、新規システムでもAmazonのニーズに合わせて細かく開発できる。また、改修や障害対応もスピーディーにできる。そして何より、社内のエンジニアの責任感が圧倒的に違う。
日本の会社では反対に基本的にシステム開発は外注している。外注すると、金の切れ目が縁の切れ目なので、作って終わり。継続的に責任を持って、会社側の視点に立って開発するなんてありえない。しかも、発注元はコストカットを異常に迫ってくるためエンジニアの給料は上がらない。お金が貰えないから優秀な人がエンジニアになりたがらない。そんな会社がGAFAに負けないよう頑張るなんて言っている。マジでクソである。
日本企業が物流を変えられないもうひとつの大きな理由は、物流を支える人材の不足があります。
「日本企業が物流を変えられないもうひとつの大きな理由」より
この点についても経営陣の物流に対する意識が影響している。物流の人材に高い給与は出せない、というものである。なんなら、人に投資するよりも設備や機械に投資するのが良いんじゃないか?アマゾンだってロボット倉庫作っていたりするし、「まずはロボットだ」とか思っていたりする。
しかし、まずは人材が絶対に重要である。トラブルが起きた時に対処するのは人だし、ロボットを効果的に働かせるもの人だ。更に良い効率化の案を出すのも人間である。アマゾンでは優秀な人を物流に投資して、人を育て続けている。そのうえで、ロボットを導入している。
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本当に会社のためになることは何なのか、本当に顧客のためになることは何なのか。頭を使って考えることが必要で、単にアマゾンの真似をすれば良いというわけではない。そもそも、アマゾンの真似なんてできなし、取り入れるべき顧客視点と長期視点を真似し、方法論は独自のものを考え抜くのが良い。なぜアマゾンは「今日中」にモノが届くのかは、アマゾンの物流戦略や経営手法を参考にするための一冊である。