読書ノート

ホロコースト 歴史的考察

ホロコーストは、ユダヤ民族史の中の一エピソードではなく、現代史的な経験の重要な一部として認知されている。ホロコーストを誰にも触れさせないように「神聖化」してしまう傾向も確かにある。

しかし、1961年のエルサレムでのアイヒマンの裁判までは、ヨーロッパ・ユダヤ人の台が大虐殺に関する議論は、相対的にはほとんどなかった。対戦直後のニュルンベルクでは、ユダヤ人に対する犯罪は、国債軍事裁判による訴訟の一部であったが、決して目立った位置を占めることはなかった。ホロコーストの情報のほとんどは、広く一般には伝わらず、生存者の小さなサークルの外にいる歴史家たちは、ホロコーストの問題を無視しがちだった。触れられることはあっても、特に残酷な戦争のもう一つの残虐な行為として、ついでに触れられる程度であった。

しかし、イスラエルの情報機関員に身柄を拘束された後にアルゼンチンからイスラエルへ移送されたアイヒマンの裁判が、ホロコーストを歴史的展望の正しい位置に据えることになった。今となっては、ホロコーストの研究が進み、本の数だけで2,000以上あり、アウシュヴィッツに関する出版物だけでも1万を有に超えている。

歴史学から見て、ホロコーストの特異性はどこにあるか?ヨーロッパ規模で展開された「最終的解決」の地域的な相違は?当時のヨーロッパでのそれに対する世論は?犠牲者たちはどう対応したのか?それを見ていた傍観者たちは、なぜ傍観していたのか?ホロコーストの結末は?といった、これまでの歴史学が問題としてきた諸々の疑問点がある。ホロコースト―歴史的考察は、1960年代以降に本格的に始まった歴史学的研究の研究史整理である。

歴史的展望の中のホロコースト

ユダヤ人はヨーロッパ各地で迫害されていた。しかし、ユダヤ人が、貧困や民衆の激しい敵意、公式の差別に苦しんでいたロシアやルーマニアに比べて、ドイツは、ユダヤ人の法的な基本的人権を認める「法治国家」であった。ドイツには、ユダヤ人に対する突発的暴動はなかった。ナチ党の反ユダヤ的な宣伝は、1930年以前の党の任期獲得には、あまり役立っていなかったくらいである。

むしろフランスの方が、反ユダヤ的な民主感情の本場として知られていた。かつてはフランス領で普仏戦争語の1871年にドイツへ編入されたアルザス地方の多くのユダヤ人は、ドイツ皇帝への中世を深め、裏切られたと感じたフランスへの愛着を捨てていった。

ユダヤ人人口が主に集中するハプスブルク帝国のガリチア地方では、ユダヤ人は、愛着を込めて、オーストリア工程フランツ・ヨーゼフを「フロイム・ヨッセル」と呼び、帝国に保護と恩典を期待した。第一次世界大戦中、ドイツ軍がユダヤ人人口の多い旧ポーランド町域に進駐した際、文明国ドイツの恩恵を享受したいそこのユダヤ人住民は、ドイツ軍を解放者として歓迎したりもした。

闘争は、万物の父である。……人が生きる、ないし動物界の上で種を保存し得るために必要なのは、慈愛の原則ではなく、ただ、最も残忍な闘争のみである

1928年のヒトラーの演説より

ではドイツの反ユダヤ人主義はどこから来たかと言うと、鍵を握るのはヒトラーである。ヒトラーの世界観の中心にあった。実際ヒトラーに関する全てのことに「ユダヤ人」が出てくるだけではなく、ヒトラーの歴史過程に関する概念、つまり闘争理念の基礎の部分にも存在した。

ヒトラーは、「ユダヤ人は、それ自体人種ではなく、反人種であって、独自の文化を持たない。代わりに彼らは、以前は健全であった社会を堕落させて邪道に導く民主主義や議会制度を提供した。ユダヤ人は、常に、他の諸文化へ混入していき、それらの機構や制度を解体しようとした。闘争が支配する世界の中で、ユダヤ人は、悪魔のように製鋼を収めることができ、あらゆる健全な社会の存続にとって、絶え間ない脅威なのであった」と語っている。

ヒトラーは、第一次世界大戦中のトルコ政府によるアルメニア人の大虐殺からホロコーストを思いついた。アルメニア人大虐殺は、トルコ中央政府がアルメニア民族主義と突然衝突した1894年から96年頃に始まり、アルメニア人やトルコ領アルメニアと小アジアから一掃するため、青年トルコ党政府が計画した移送と殺害によって、1915年に殺戮のクライマックスに達した。イギリスとアメリカは、その虐殺の残忍さと規模に驚いた。

ちなみに、ヒトラーの興したホロコーストの規模に衝撃を受けた法律家ラファエル・レムキンが、1943年に「ジェノサイド(集団殺戮)という言葉を作り出した。

ホロコーストの特異性

ナチは、ホロコーストを通して、500〜600万人のユダヤ人を殺害した。この数は、ヨーロッパ・ユダヤ人の3分の2、ユダヤ人全体ではおよそ3分の1に相当する。しかし、歴史的に見ると大量虐殺はホロコーストが初めてではない。

1930年代のソ連の地方住民に対するスターリンの襲撃は、約1,450万人の命を奪った。これは、農場の集団化と関連して小作農へ向けられた冷酷な攻撃と、主にウクライナで計画的に引き起こされた「大凶作」から生じた。

時を同じくして、ムッソリーニは、大量殺人のためのマスタード・ガスの計画的使用をも含めた殺人的軍事行動を、エチオピアで遂行した。彼は現地人に代えて、イタリア人植民地を入植させるつもりだった。

また、1947年のインド亜大陸の分割は、イスラム教徒とヒンドゥー教徒との間の宗教紛争の中で、100万人近くの虐殺を促すことになった。現バングラデシュが、1971年に分離独立する際に、300万人ほどのベンガル人が殺害された。そして、1970年代の残酷で独裁的な革命政権の支配下のカンボジアの大虐殺では、全人口700万人の内、100〜200万人が殺された。

死者の数は恐ろしいが、数自体がホロコーストの特異性を規定しているわけではない。

ホロコーストに特異なのは、理念事態の完璧さと、抽象的思想を理論的に実行される計画的な全体的殺害へ移す際の完璧さであった。

ユダヤ人に対するナチの襲撃は、その他の民族やグループ(ジプシーやエホバの証人、同性愛者など)に対する戦争行為とは、異なっている。確かに犠牲者総数は数百万に達していたが、ナチの理念は、彼らの全体的な消滅を要求していなかった。

第二次世界大戦中に殺されたヨーロッパ・ユダヤ人の割合は、ヨーロッパでの一般国民の死者の3人に1人だった。ホロコーストは、それ以前や以後の大虐殺とは異なり、標的とされた数百万のユダヤ人の最後の1人までが、殺されることになっていた。ユダヤ人の居場所や数は問題ではなく、ひとり残らずである。例えば、アルバニアのユダヤ人社会は200人程度しかなかったが、ヒトラー(ナチ)は彼らも殺そうとした。また、同盟諸国や従属諸国に対しても殺害すべきユダヤ人の引き渡しを何度も要求した。殺すユダヤ人がいる限り続いたのである。

ゲッベルスは、第三帝国の出版物で、「ユダヤ人の場合には、他の全ての民族と同じ様に、いくらかの犯罪者がいるだけではない。湯彩人全体が、犯罪者のルーツから生まれ、本質的に犯罪者なのである。彼らは、他のすべての民族のようなそれでは決してなく、遺伝的犯罪性によって統合された、似非民族なのである。……ユダヤ人の根絶は、人類にとって決して損失などではなく、逆に他の犯罪者に対しての極刑や保護拘禁という処置と同じほど有益なのである」と述べている。

最終的解決

ナチの用語として現れた「最終的解決」という言葉は、自分たちの対ユダヤ人紫衣作を名付けるために、ドイツ人自身によって使用された。「最終的解決」という言葉は、最初は受入れ諸国家との交渉による移出であり、ユダヤ人たちは、自分の財産をのうちわずかの金を持って、ドイツを去ることになっていた。

しかし、独ソ戦が長引き武運がドイツから離れて、ヨーロッパのドイツ全占領地域からの出口が塞がれた。ユダ人の絶滅こそがナチズムからの世界への贈り物となっていき、我々が理解している形でのホロコーストが出現した。

1941年3月、バルバロッサ作戦の一部として、ソ連・ユダヤ人の大虐殺が決定された。そして7月31日、ゲーリング、はナチ支配下におけるユダヤ人問題の「全体的解決」を準備するよう、ハイドリヒに許可を出した。間もなく、ベウジェッツとヘウムノという2つの収容所で作業が始まった。

10月23、ヒムラーがドイツ支配地域以外にはユダヤ人の移住を一切許可しない、という命令を出した。

傍観者たち

戦後、ドイツ国民は道徳的・政治的な非範囲晒された。収容所の写真や、「お前らは有罪だ」という言葉とともに、ドイツの中の町や村に行き渡った。連合国の軍隊は、ドイツの一般人を衰弱した強制収容所犠牲者の一団とすれ違わせて行進させた。メディアでも、「ドイツ人」と犯罪を同一視した。「罪はナチズムにではなく、ドイツにある」とまで宣言した。

ナチは、アウシュヴィッツのような強制収容所や絶滅収容所を、ドイツ国民には秘密にしていた。しかし、行動部隊のゾッとする活動や残虐行為、虐殺は噂になった。たちていの人は、たとえその詳細は分からなくても、ユダ人に対して行われた容赦のない処置を理解していた。

問題なのは、ナチによる迫害の間、ユダヤ人問題に対して人々の無関心や対応の欠如だ。ヒトラーはユダヤ人のことに取り憑かれていたが、ドイツの民衆はそうではなかったのである。

アウシュヴィッツへの道を切り開いたのは増悪であるが、それを舗装したのは無関心であった。

第5章 ナチ占領下のヨーロッパにおける世論 より

この問題、今の社会でも普通にある。僕のいたプロジェクトや大学の研究室、中高時代には「我関せず」の人が多かった。上司のパワハラに苦しんでいる人や、研究が思うよに進まず苦しんでいる人、明確には見てないけどイジメにあっていた人がいることは知っていた。イジメをチクると仕返しが怖いし、パワハラを人事にチクると後で腫れ物に触るような扱いを受けるかもしれない。

「無関心は消極的な共謀である」ことを僕らは理解しないといけない。

ホロコーストは、500〜600万人の命を奪った。ヨーロッパ・ユダヤ人の3分の2であり、世界のユダヤ人の3分の1である。しかし、第二次世界大戦後の約15年間は、ホロコーストへの関心は薄く、出版物も少なく、「ゲットー化」の状態にあった。

しかし、アイヒマン裁判をきっかけに本格的に研究が始まり、現代史的な経験の重要な一部として認知されるようになった。僕らにできる最善のことは、なぜホロコーストがなされたのか、その理由を理解するよう試みることである。

ホロコースト―歴史的考察は、感情的な議論を排し、鋭い視点でユダヤ人大虐殺の真相に迫っている。「最終解決」に関する現状をまとめた最良の文献であり、ホロコーストの悲劇の全貌を考察するために欠かせない一冊である。

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