読書ノート

司馬遷

司馬遷は中国最初の大歴史賀であり、最大の歴史賀の一人である。司馬遷が書いた史記は、最古の時代から司馬遷の生きていた時代までの中国と外国民族の歴史である。史記が書かれてから約2,000年間において、あらゆる中国の歴史書のうち最も広く、最も大きな感動をもって読まれた書物の一つであった。その体裁は後世の「正史」の模範となった。

司馬遷の史記の目的は、司馬遷自身が明言しているように、「過去の行為と出来事をきわめ、その成功と失敗、興起と衰亡の背後に横たわる原理を探る」ということであった。史記は中国と日本の文学に深い影響を与え、現在までも人気を持ち続けている。

ものは最盛期に達すると、衰え始める

司馬遷は、5人の古代君主、すなわち中国の政治的叡智と道徳の模範である「五帝」の話をもって、その歴史を始める。次に、中国市場最初の王朝である夏、第二の王朝である殷(または商)の歴史物語へと進む。両王朝はそれぞれ、夏の禹・殷の成湯といった、前の五帝に似た卓越した叡智と道徳を持つ聖王に始まり、夏の傑・殷の紂王といった、暴虐で堕落した君主で終わる。この両極端の道徳的タイプの間には、支配者の名前を羅列する以外ほとんど何も書かれていない。

新しい王家の支配は、極めて優れた道徳と叡智を備えた人間によって打ち建てられる。やがて始まり甚だしくなっていく衰退、そしてついには、全く無能なあるいは暴虐な君主の下に、終末がつけられる。新しい英雄的な聖人が現れ、王としてふさわしくない古い王家の暴虐を打倒し、新しい支配を打ち建てると、再びこの循環が始まる。この興亡のパターンは、殷王朝の場合のように、中間で変化するのが普通である。すなわち、真ん中で優れた君主が出現し、一時ではあるが、創業当時の道徳を再現する。そしてその状態は、「復興」とか「中興」とか呼ばれる。

操業時代の力と功績の貯えを再び満たす役割を担う君主が、誰も現れないと、その貯えは結局無くなってしまい、王室は力の循環の法則に従って、位に上った他の王室に打ち倒される。

六学派の本質に関する所論

儒者は、その関与するところ後代であるが、本質的なことはあまり扱わない。彼らは、労多くして功は少ない。それゆえ、その説くところを完全に実行することは困難である。しかし、彼らが秩序だてた君臣父子の間の礼儀・夫婦長幼の間の守らなければならない区別は、変えることのできないものである。

墨家は、倹約という面で、従うにはあまりにも厳しすぎる。だから墨家の教えに完全には同意できない。しかし、基本(農業生産)」と節約を強調することはでは、看過できない点がある。墨家は従うにはあまりにも倹約に過ぎるというのである。しかし墨家は根本を協調し、物の使用を節約するから、その説には個人にも過程にも充足を与える道が存在する。この点が墨家の優れたところであり、他の諸学派の看過しえない点である。

法家は、極めて厳格で慈悲に乏しい。しかし、法家は君臣の間・上下の間の区別を明確に示した。それらの区別は改めることができない。法家は、親密な者と疎遠な者を区別しない。法家は尊卑の間の差別をせず、全ての人間を法律によって判断する。もしそうしたならば、親密な者を特別の経緯を持って扱い、尊敬すべき者を尊敬するという義務が破壊されてしまう。このような法律は特殊な場合の方策として行っても良いが、長期間用いることはできない。だから法家は厳格で慈悲に乏しい。しかし、君主を高い地位に、臣下を低い位置に、政府の諸官僚の間の職権の区分を明らかにし、そのため不法な権力の侵害をなしえなくさせる限りでは、他の諸学派が改変しえない点を持つのである。

名家は、あまりにも論理をやかましく言うために、しばしば真実を見失う結果を引き起こす。しかし、名前と実質とをはっきり区別する面では、考察しないわけにいかないところがある。

道家は、人々に精神統一の生活をし、形に現れぬものと調和した行動を取ることを教える。道家の教えは、あらゆるものに充足しており、あらゆるものを抱擁する。その方法は、陰陽家の四季の順序に従い、儒墨両家の教えの良い面を選び取り、名法両家の重要な点を取り入れている。時に従ってその位置を変え、世の中の変化に対応する。慣習と慣行を確立し、諸事を処理する面で、時所を問わず適用できるものである。その原理は簡単で実行しやすい。わずかのことをなして、多くの成功を得る。

儒者はそうではない。儒者は人の君主たるものは、世界のため行為の模範とならなければいけないと考える。君主が実例を垂れ、臣下はそれに応ずるだけで良い、君主が指導し臣下は従う、と儒者は明言している。だがもしその通りであったとすると、君主が苦労するのに対して、臣下は気楽に従っていれば良いことになる。

司馬遷の生涯

司馬遷の父・司馬談は太史公であった。太史公は常に天文上の諸事を司り、人民を治めることに関与しなかった。

司馬遷は龍門に生まれた。司馬遷は河沿いの山の陽側で、耕作と牧畜に従事した。10歳の時、古文を読むことができた。20歳の時、南方揚子江と淮河を旅し、会稽に登り禹の洞穴を探求し、九疑をみた。司馬遷は斉・魯の都市で学業を受け、孔子から受け継いだ慣習・慣行を観察し、鄒の山で弓の競技に参加した。それから梁と楚を通り過ぎて帰還した。

この後、司馬遷は政府に入り郎中として仕えた。司馬遷は西方の巴・蜀の南への遠征に加わり、南方のコウ・サク・昆明にまで進軍した。そこで帰還し、使命について報告を行った。

同じ年、天子は始めて漢王室のため封の犠牲式を行った。しかし太史公(司馬談)は周南に取り残され、この儀式に参加できなかった。司馬談はこのため憤怒のあまり死の床に横たわった。

司馬遷は使命を終えて帰ってくると、洛水と黄河の間の地に留まっている父を見舞った。父は、「天子は千年の伝統を受けて、泰山の封の祭を行おうとしているが、私は参加することができない。それは私の運命だ。私の死後、お前は太史となるだろう。太史となった時、お前は私が論じ著わそうとしたことを忘れてはならない。孝は親に仕えることに始まる。次に君主に仕えなければならない。最後に、父母の栄光を輝かすために、自分の名前を後世に行き渡らせるよう、何か自分の事業を成さねばならない。これが孝の最大のものである。今漢王室が興ったが、歴史の資料が無視され失われることを恐れる。お前はこのことを心に留め考えなければならない」と司馬遷に伝えた。

司馬遷は、「私は無学で取るに足らない者だが、先祖から伝えられた古代の記録をすっかり述べるために努力する」と泣きながら伝えた。

父・司馬談の死後3年、司馬遷は太史令となった。司馬遷は種々の歴史記録を読んだ。

その7年後、司馬遷は著作に従事し、その書物を整理した。しかしそこで司馬遷は李陵事件の不運に遭遇し、足かせをされて、暗室の中に投げ込まれた。

李陵事件

李陵と司馬遷は、共に同じ時に職務にあった。李陵と司馬遷は対して親密ではなかった。一杯の酒を一緒に呑んだこともなく、親密な交友関係の喜びを分かち合うこともなかった。しかし、司馬遷は、李陵が明らかに優れた才能を持っている男だと評価していた。

司馬遷は李陵のことを「万死に直面しても自分の生命を少しも考慮せず、君主の危難を救うことのみ考える、まことに稀である」と評価していた。また、「李陵のした1つの行動が正しくないといって、官僚たちは自分の身を守ることだけを考えて、互いに争って李陵の不届き誇張してる。誠に私の心を傷ませる」とも述べていた。

李陵の指揮にしていた歩兵は5,000にも満たぬものだった。彼らは蛮族の境域深くに進軍し、王庭を闊歩し、いわば虎の顎の前に餌をぶら下げたに等しい有様だった。大胆な態度で無数の敵を見ながら、強力な蛮族に朝鮮を叫んだ。10日余も、彼らは単于と戦い続けた。

李陵の軍は千里に渡って戦いつつ退き、ついに矢は尽き果て、道は行き詰まってしまった。救援の軍勢は至らず、死傷者は積み重なっていた。それにも関わらず、李陵が一声上げると、軍隊は勇気を奮い起こし、体を起こし、涙を流した。血を浴び涙を飲み、彼らは敵の白刃を受け止めた。彼らは北に向きを変え、死ぬまで敵と戦った。

李陵が敵の手に陥る前は、軍使が攻撃の報告をもたらすと、漢の諸侯大臣はみな武帝に対して喜びの杯を上げ乾杯した。しかし数日後に敗戦の報が伝わると、武帝は食も味気なく、朝議においても不機嫌になった。大臣は心配と恐れに、なすところを知らないでいた。司馬遷は李陵は常に部下と困難、欠乏を分かち合い、死をものともせぬ兵士の忠誠を勝ちうることができたと考えていた。この点においては、李陵は古の名将でさえも及ばない人間であると考えていた。結局どうしようもない状態に陥ったとはいえ、多くの敵を打ち破り、破滅させたその功績は、依然として天下に喧伝するに足るものであった。

司馬遷は李陵の良さを表明する機会を見いだせないいたが、ついに召問された。司馬遷は李陵の功績を述べ、武帝の視野を広め、他の臣下たちの怒りを止めることを望んだ。

しかし、司馬遷は自分の言葉を理解させることができなかった。武帝は司馬遷の言う意味を悟れず、李陵のために特別に弁護しようとしているのだと推察した。かくて司馬遷は投獄された。司馬遷は裁判にかけらることになったが、家は貧しく、判決された刑罰を軽くするに足る資産を持っていなかった。司馬遷の友達は1人として救ってくれなかった。武帝の側近も、司馬遷のために弁明する人はいなかった。

李陵は敵の手に落ち、李家の名声はすっかり落ちた。司馬遷は蚕室に投げ込まれ、そこで去勢された。李陵と司馬遷は、世界中から嘲笑の矢面に立たされるはめになった。

しかし、司馬遷は父との約束を守る貯め、敢えて不行を耐え忍び生き続け、史記を書き上げた。

司馬遷の死後、史記は次第に明るみに出た。宣帝の時、司馬遷の外孫平通侯・楊ウンは、司馬遷の書物を伝え知らしめた。かくて最後には広く行き渡った。王莽の時、司馬遷の子孫は探し出され、史通子の称号を与えられた。

司馬遷は兵士を指揮することなく、城を奪うこともなく、野戦をすることもなく、敵将を斬ったり敵の軍旗を我が者にする栄誉もなかった。日を重ね苦労を積みながら、高い地位を得たり、高給を得たり、家族友人に光栄をもたらすこともできなかった。司馬遷はこれら4つの努力のたった1つにも成功しなかった。朝廷で許容されている、取るに足らない人間であった。

司馬遷は去勢され、大部分の人にとって蟻と同じような扱いを受けた。世間は司馬遷を理想のために死ぬことのできる人間とは思わなかった。

しかし、司馬遷は父との約束を守るため、極めて広範囲に書物を読み、経書とその注釈を貫き、上は古代から下から現代まで駆け巡り、数千年間を網羅した。司馬遷は、美しいことを捏造せず、悪いことを隠したりしなかった。司馬遷の文章は、事実に堅実で、「実録」として呼ばれた。

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