仮説思考とは、情報が少ない段階から、常に問題の全体像や結論を考える思考スタイル、あるいは習慣というべきものである。仮説思考は難しいものではなく、実践していくことで身についていくものである。
最初は立てた仮説が的外れなものになることも多いはずである。しかし、人間は失敗するとそこから学べる。なぜ失敗したか、うまくいかなかったかを考え、次はあそこを変えてみよう、今度は別のやり方を取り入れてみようと試行錯誤しながら、進歩していく。失敗を積み重ねながら、仮説思考は進化していく。
仮説思考―BCG流 問題発見・解決の発想法 内田和成の思考は、ビジネス経験がまだ少なく、仕事の進め方が遅い、判断ができないと思っている人たち、あるいはビジネスの経験を積んでいるが先を見通せず、思い切った意思決定ができずに、リーダーとして力不足と悩んでいる人たちの助けになる。
早い段階で仮説をもてばうまくいく
多くの人は、情報は多ければ多いほど、良い意思決定、間違いのない意思決定ができると信じている。それゆえ、できるだけ多くの情報を集めてから物事の本質を見極め、更にそこで明らかになった問題に答えを出すために、また必要な情報を集める、という作業を繰り返す。しかし、全てを調べ尽くすという仕事の進め方をしてもうまくいくわけはない。
あらゆる情報を網羅的に調べてから答えを出すには、時間的にも資源的にも無理がある。仕事ができる人は、人より答えを出すのが早い。
まだ十分な材料が集まっていない段階、あるいは分析が進んでいない段階で、自分なりの答えを持つ。こうした仮の答えを「仮説」と呼ぶが、その仮説を持つ段階が早ければ早いほど、仕事はスムーズに進む。仕事の速い人は、限られた情報をベースに、人より早くかつ正確に問題点を発見でき、かつ解決策に繋げることのできる思考法を身に着けている。
仮説とは、「仮の説」であり、コンサルの世界では、「まだ証明はしていないが、最も答えに近いと思われる答え」である。前もって、課題は「こうである」とはっきりしていることは稀であり、まずは問題から見つけ出さなければならないケースが多い。この課題設定を間違えると、いかに立派な答えを出してみても、本質的な課題解決には繋がらない。
情報は集めるよりも捨てるのが大事
できるだけたくさんの情報を集めてから、意思決定しようとする傾向が強い。経営陣から社員まで大半が情報コレクターになっている。
しかし、実際のところ、考え得る様々な局面から調査・分析を行い、その結果をベースに結論を組み立てる人が多い。この場合、最初の段階ではストーリーの全体像は見えない。これが仮説思考との大きな違いである。
まず、既に分かっている情報から問題の一部分についての結論を作り、それをベースに更に新しい情報や分析を追加しながら新たな結論を導き出し、ストーリーを増やしていく。それを繰り返すうちにストーリーの全体像が見え、最後にようやくひとつのストーリーが完成し、問題の解決策が導き出される。積み上げ型の思考なので、途中で一回でも結論を間違えた場合には、それをベースにした次のストーリーも間違えることになる。だからなるべく多くの証拠や情報を集め、できるだけ確実な結論をその都度導き出した上で、ストーリーを進めていかねばならない。情報をできるだけ集め、数多くの分析を行わなくてはならないので、時間が無限にかかるという欠点がある。
仮説思考を使えば、手元にある情報だけで、最初にストーリーの全体構成を作ることができる。具体的には、まずストーリー構成を考える。例えば、「現状分析をするとこういう分析結果が得られるだろう。その中でもこの問題の真の原因はこれで、その結果としていくつかの戦略が考えられるが、最も効果的なのはこの戦略だ」ということを、十分な分析や証拠のない階段を作り上げる。自分がつくったストーリー、つまり仮説を検証するために必要な証拠だけを集めればいいので、無駄な分析や情報収集の必要がなくなり、非常に効率がよくなる。初期段階で間違いに気づくので、余裕をもって軌道修正することが可能だ。
仮説を立てるための頭の使い方
人は誰でも知らないうちに決まったモノの見方をしている。自分の得意なものの見方で思考する。それが新しい仮説を生み出す阻害要因になることがある。そこで意識的に頭の使い方を変えてみる。すると、今まで見えていなかったものが見え、仮説がひらめくようになる。
顧客・消費者の視点を持つ
自分がモノを売ることを考える前に、ユーザーはどんな人であり、どこでなぜ自社の商品を購入しているのか、使っているのかを考えてみる。ひとりのユーザーになりきり、ユーザーは本当は何を感じているのかを理解することで、新しい仮説が生まれてくる。
現場の視点で考える
本社のデスクにしがみついているのではなく、現場の視点で考えるために、実際に現場に行って、具体的な事実を経験し観察してみる。そうすることで新しい仮説が生まれてくる。
競争相手の視点で考える
もし自分が競争相手の社員だったら、我が社をどのように見ているだろう、と考えることは、とても有効な思考方法である。競合企業は、我が社の一番弱点と思われているところを突いてくるかもしれない。そうだとすれば、その弱点を補強することを考えるか、あるいはそれを攻撃された場合に備えて、相手に反撃を加えるシナリオを用意する必要がある。
逆に、競合企業は我が社の強いところに正面攻撃を加えてくるかもしれない。その場合はどんな手立てがあるのか、考えておく。
自社では当り前と思っていることが、競争相手から見ると羨ましい経営資源に見えるかもしれない。特にブランドなどはこうしたケースが多い。
ゼロベースで考える
最後に、ゼロベースで考えるという方法である。既存の枠組みにとらわれず、目的に対して白紙の段階から考えようとする姿勢のことである。既存の枠組みで考えると、過去の事例や様々な規制などの存在により思考の幅が狭くなり、目的に対する最適な方法に到達するのが難しくなる。そのため、「ゼロベース思考」で考えようとする姿勢が、仮説を立てる時には特に重要である。
最初から非現実的な仮説や突拍子もない仮説を除いて考えると、常識的な考えしか思い浮かばず、真の課題や原因にたどり着かないことがある。だから最初は枠を外し、あえて幅広く考えてみる。その後で、非現実的な仮説やすぐに反証のできる仮説を除いていく。
良い仮説の条件
● 良くない仮説
【仮説1】営業マンの効率が悪い
【仮説2】できない営業マンが多い
【仮説3】若手営業マンが十分教育を受けていない
● 良い仮説
【仮説4】営業マンがデスクワークに忙殺されて、取引先に出向く時間がない
【仮説5】営業マン同士の情報交換が不十分で、できる営業マンのノウハウがシェアされていない
【仮説6】営業所長がプレイングマネージャーのため、自分自身の営業活動に忙しく、若手の指導や同行セールスができていない
まず、仮説の掘り下げ方が違う。「営業マンの効率が悪い」というだけでなく、なぜ効率が悪いのかという原因にまで踏み込んでいるのが良い仮説である。すなわち、「営業マンがデスクワークに忙殺されて、取引先に出向く時間がない」ために、営業効率が悪いではないかと考えている。
同様に、「できない営業マンが多い」のは、優秀な営業マンがノウハウ、セールストーク、ツールを持っているにも関わらず、「営業マン同士の情報交換が不十分で、できる営業マンのノウハウがシェアされていない」ことに原因があるのではないか。
「若手営業マンが十分教育を受けていない」という問題についても、本来なら若手営業マンを教育する立場にある営業所長が自分も顧客を抱えていることで、自分の顧客の面倒をみるのに忙しかったり、あるいは自らも営業成績を上げなくてはならなかったりして、若手営業マンの指導や同行セールスができていないのではないか。つまり、「営業所長がプレイングマネージャーのため、自分自身の営業活動に忙しく、若手の指導や同行セールスができていない」と考える。
こういう仮説が良い仮説である。「なぜ、そうなのか」というところまで、もう一段掘り下げて考えてみなくてはならない。仮説を立てる時は常に、So What?(だから何?/だからどうする?)と考えるべきである。
そうすれば、具体的な行動に落とし込むことになる。このように具体的になるまでSo What?を繰り返すのが、仮説を掘り下げるコツである。
また、仮説が正しいと証明された時に、すぐに実行できる解決策につながるのも、良い仮説である。要は、アクションに結びつく仮説である。
良い仮説の条件とは、「一段深く掘り下げたものである」ことと、「具体的な解決策あるいは戦略に結びつく」ことの二つである。
社内の恥はかき捨てと心得る
最初のうちは、仮説を立てても間違っていたらどうしようかという不安もあるだろう。だが、若いうちは失敗を恐れずに、大いに間違えることだ。実際、自分ひとりで悶々と考えていると時間の無駄なので、早めに他人に考えをぶつけるのが良い。場合によっては少しくらい乱暴な仮説をぶつけて、相手が面白いと言ってくれるか、あるいは怒られるか、相手に判断してもらう方法もある。
社外のディスカッションで、ピンとのずれた仮説を提示し、恥をかいてしまうと問題になることもある。だが社内のディスカッションならば大いに恥をかいたり、失敗したりしても良い。「社内の恥はかき捨て」と思えば、思いつきレベルの仮説を提示することもできる。恥をかきたくないと思うと、できるだけ仮説を完璧なものに近づけてから周囲の人とディスカッションをし、答えを出そうとする。しかし、それでは時間がかかりすぎたり、結局よい解決策に到達できなかったりする場合が多い。恥をかくことを恐れずに、中途半端な仮説でも前倒しでぶつけてみて、よいインプットを貰い、修正したり進化させたりしていくことが大切である。
So What?を常に考える
トヨタ生産方式の生みの親といわれる大野耐一は、「なぜと五回問え。そうすれば原因ではなく真因が見えてくる」といいながら現場をまわり、トヨタ生産方式を定着させた
周囲で起きている事象についてSo What?と考えるクセをつけると、仮説思考力は磨かれていく。日頃からSo What?(だから何?)と考え続ける。身の回りにある減少が起きたときに、それが意味するところは何かと考え続ける。
例えば、「なぜプロ野球ははらやない」と思ったとする。それについて「なぜ?」を繰り返しながら、原因と打ち手を考える。
- なぜ、プロ野球ははやらないのか?
→ プロ野球がつまらないのか? - なぜ、プロ野球はつまらないのか?
→ スターがいないから(※これを深堀り)
→ ファンを楽しませる努力を球団がしていないから - なぜスターがいないのか?
→ スターはメジャーリーグに流失してしまうから
→ 若い有望な選手がプロ野球に入ってこないから(※これを深堀り) - なぜ、若い有望な選手がプロ野球に入ってこないのか
→ プロ野球の給料が低いから(事実でないことはすぐ分かる=検証できる)
→ サッカーなど魅力的なスポーツに若者が向かっているから(※これを深堀り) - なぜ、サッカーが若者を引きつけるのか?
→ Jリーグが魅力的だから
→ 中田英寿や中村俊輔がヨーロッパで活躍しているから
→ ワールドカップがあるから
→ 世界中のチームに移植できる可能性が高いから
→ 地元のクラブチームが若いうちから選手を育成しているから
このように五回の「なぜ?」を繰り返すと打ち手も見えてくる。この名kでプロ野球でもマネをして実行できそうなのは、クラブチームによるサッカーの地元密着戦略である。そこで、プロ野球の人気を高めるには、「もっと地元密着のスポーツに転身すべき」という仮説が考えられる。
*
常に限られた時間の中で答えを出すことで、情報が不足してる段階で問題の真因を探り、解決策を模索していく力がつくということである。
また仮説思考の特徴として、部分の積み上げで物事を証明していくスタイルではなく、まず全体像から入って、必要な部分のみ細部にこだわる、あるいは証明を行うという取り組み方がある。こういう取り組み方を続けていけば、物事の全体をつかむ力が確実に向上する。
ビジネスで大事なことは、どれだけたくさん働いたかではないが、どれだけ正確に調べて分析したかでもない。どれだけ良い答えを短期間に出して、それを速やかに実行に移せるかである。常に時間とのプレッシャーの中で答えを出すという状況に置かれ続けることで、より少ない情報で確かな答えを出していく度胸が就くことは街がない。そのために仮説思考が役に立つ。