読書ノート

世界史をつくった海賊

技術革新や農業の近代化、産業革命、領土の拡大、移民の受け入れ、保護貿易、自由貿易、市場経済化、情報通信の自由化、改革開放など、国家が豊かになるために様々な政策がある。そのような中で、16〜17世紀は“海賊行為”によって豊かさを追求し、200年以上にわたる歳月をかけて大英帝国(British Empire)を築いた。たしかに産業革命によって大英帝国は確立されたが、その元手になる資金の一部は海賊がもたらした略奪品、つまり“海賊マネー”であった。イギリスは海賊行為を合法化/正当化して近代国家の礎を築いた。

世界史をつくった海賊 (ちくま新書)は、当時のエリザベス女王と海賊の特別な関係、イギリスの国状を如実に物語るエピソードである。

貧しい国からの脱却

ヘンリー八世やエリザベスの時代のイギリスは、スペインやポルトガルの強大な経済力に押され、ジリ貧状態だった。また、16世紀末、オランダが海洋進出を始め、17世紀には世界経済の覇者に躍り出た。イギリスは発展途上国そのものだった。

外資を稼げるイギリスの主な輸出品といえば羊毛や毛織物に限られ、イギリスの沿岸で豊富に穫れる魚を湧出しても、大した利益にはならなかった。イギリスの商人は、大量の羊毛や毛織物をアントワープに持ち込み、その売上金で高価なスパイスを買い付け、これらの商品をロンドンに持ち帰って高値で販売して利ざやを得た。しかし羊毛や毛織物を中心とした輸出では、貧しい国家としての地位に甘んずるかなく、スペインやポルトガルの前では無力に等しかった。

加えて、カトリック勢力とプロテスタント勢力の対立が先鋭化し、カトリックの盟主スペインがイギリスを武力侵攻する可能性が生まれた。さらにはフランスまでもが、スコットランド女王メアリーを利用して、イギリスを間接的に支配しようという野望が明らかになった。プロテスタント国家のイギリスを、カトリック国家のスペインとフランスが包囲する、という構図であった。

スペインやフランスの野心を砕くためにも、イギリスは是が非でも豊かな国になり、強い軍事力を備えなければならなかった。手っ取り早く資金を調達し、富国政策を推進する道を探しあぐねた末に到達した結論が、国を上げて海賊行為に勇往邁進することであり、毛織物に依存しない海外貿易を切り開くことであった。エリザベス女王は、海賊に興味を示し、女王の側近を通じて海賊船団を編成させ、洋上でスペイン船やポルトガル船を襲撃させた。遠洋航海の帆船を襲撃し、高価な商品を略奪できれば、盗品をロンドンやアントワープに持ち込んで売却し、その場で現金を手にすることができた。これが“海賊マネー”である。

海賊シンジゲートの黒幕 エリザベス

エリザベス女王が単独で海賊船団を編成することはなく、表面的には民間手動でシンジゲートを結成させ、エリザベスは秘密裏に参加した。シンジゲートとは、“組合”や“出資者の集団”を意味する。あくまでエリザベスは、海賊シンジゲートの黒幕であった。

エリザベスが海賊行為に関与する際には、海賊船団の指揮者に口頭で伝えるか、女王側近を通じて伝達するなど、エリザベス関与の痕跡が残らないように最新の注意が払われていた。イギリス側は情報管理に最新の注意を払っていた。全てが秘密のベールに覆われ、エリザベス周辺のごく一握りの関係者のみが知り得る立場にあった。

海賊シンジゲートが失敗に終わってもエリザベスは責任を取ることはなかった。海賊船が拿捕され、イギリス人の海賊が逮捕されてもエリザベスは海賊との関係を否定し、全てを闇の葬り去った。また、スペインやポルトガルから講義を受けても、エリザベスは海賊行為への関与を決して認めず、表面的にはスペインやポルトガルとの友好関係を装った。

エリザベスの名を連ねている出資者リストの一部が奇跡的に残っていたため、エリザベスの関与を特定することが可能となった。

スペイン“無敵艦隊”との海戦

エリザベスの時代を代表する戦争として必ず想定されるのが、スペイン“無敵艦隊”との海戦である。エリザベスとスペイン国王フェリペ二世との壮絶な戦いとされているが、イギリスに勝利をもたらした立役者は、ドレークやホーキンズを筆頭とする海賊たちだった。

海軍力で圧倒的な差がある中で、イギリスがどのようにして無敵艦隊に勝利したのか。その鍵は、“火船攻撃”というゲリラ戦であった。帆船に爆薬や可燃物(バター/オイル)を満載し、乗組員が帆船に放火して、火だるまとなった帆船のことを意味する。乗組員は洋上で放火した直後、海に飛び込み、無人となった火船が、強い追い風に運ばれて無敵艦隊に突っ込み、敵艦隊を爆発炎上させた。

また、イギリスが無敵艦隊に勝てた要因に、スパイを通じた丹念な情報収集がある。エリザベスは、側近や海賊を総動員して、スペイン情報を入念に収集した。スペイン関連の政治・軍事情報を幅広く、それも何年にもわたって蓄積した成果があってこそ、イギリス側は無敵艦隊の出港や航海ルートを把握し、その弱点なども熟知した上で、無敵艦隊を迎え撃つことができた。

女王メアリーとの権力闘争

エリザベスが海賊たちを海軍に編成するなど、戦争マシーンとして活用した背景には、エリザベスが政敵のカトリック勢力に囲まれていた、という過酷な政治状況がある。

イギリスとスペインの関係悪化に拍車をかける政治事件が、スコットランド女王メアリー・スチュアートの処刑であった。メアリーはエリザベス暗殺計画の首謀者として逮捕され、1587年2月に処刑された。この事件をきっかけに、スペインによるイギリスへの敵意を激しくし、無敵艦隊を編成してイギリス本土を攻撃する主戦論が、急速な高まりを見せることになる。メアリー処刑から1年後に、スペインはイギリス本土上陸作戦を決行し、無敵艦隊を派遣した。

メアリーは、スコットランド女王であるとともに、イギリス国王ヘンリー七世のひ孫という血筋から、イギリスの王位継承者でもあった。さらに、故フランス国王の王妃として、ヨーロッパ大陸のカトリック世界とも太いパイプを築いていた。イギリスでもカトリック勢力の象徴的な存在であったメアリーが、イギリスに亡命して以来、メアリーをめぐってカトリックとプロテスタントは、巨大な政治勢力として権力闘争を繰り広げ、様々な陰謀が渦巻いた。

メアリーは、スコットランド生まれだが、フランス皇太子フランソアの妃候補として6歳のときにフランス王室に預けられた。1558年に皇太子と結婚し、翌年にフランソアがフランソア二世として国王に即位したので、メアリーは王妃となった。しかし、その翌年にフランソア二世が急死したので、祖国スコットランドに帰国した。それからメアリーの人生は狂い始める。

帰国後はスコットランドで再婚を重ねるうちに権力闘争に巻き込まれるようになり、イギリスに亡命しなければならなくなった。フランス王室やスペイン大使を巻き込んで、メアリーを支援するネットワークが出来上がり、このネットワークの中からエリザベス暗殺計画が浮上してくる。

一方のエリザベスは、ヘンリー八世が愛人のアン・ブーリンに生ませた子であり、カトリックから見れば異端のプロテスタントであった。“ブラッディー・メアリー”と呼ばれた異母姉の女王メアリーが死去し、思いもかけず王冠が自分のところへ舞い降り、エリザベスは女王に即位した。熱心なカトリック教徒であったメアリーは、新教から旧教への改宗を求め、こうした旧新化政策に反対するプロテスタントの聖職者や信徒を逮捕し、約300人を次々と火刑に処した。“ブラッディー”という形容詞は、ここに端を発する。アルコール度数の高いウォッカを、真っ赤なトマトジュースで割ったカクテル“ブラッディー・メアリー”は、口当たりの良い味わいとは裏腹に、その名前は凄惨な宗教弾圧に由来する。

エリザベスは、執拗なスパイ活動の末に女王暗殺計画を摘発し、スコットランド女王メアリーを処刑することに成功する。カトリック世界の守護神を自認するスペイン国王フェリペ二世はメアリー処刑に激怒し、さらにどれークらイギリス海賊の横暴な略奪行為に対しても、憤懣やるかたない思いを抱いた。こうしてイギリス本土へのスペインによる、軍事侵攻の可能性が一気に高まることになる。

コーヒー貿易

東インド会社が大量のコーヒーを、モカ港で直接買い付けて以来、イギリスにコーヒーが定期的に輸入されるようになり、消費が急速に拡大してコーヒー・ブームが訪れ、後述するように、コーヒーハウスが続々誕生する。

しかし、東インド会社のビジネスとして、コーヒーはスパイスほどの利益をもたらすものではなかった。

とはいえ、コーヒーがある程度の人気を博した商品であったこともまた事実である。精神を覚醒させ、ストレスを吸収し、また痛みを和らげる鎮痛効果がある飲み物と喧伝されていた。またイスラム教徒が支配するオスマン帝国では、コーヒーを飲みながら談話をする習慣が定着し、コーヒーハウスという集会所が誕生している、という伝聞情報も寄せられた。

医薬品として定評のあるスパイスとは異なり、利幅は少ないにせよ、このコーヒーも販売の仕方によっては儲かる商品たりえるとして、東インド会社はコーヒー貿易に乗り出していった。

覚醒剤と薬用ドリンク

コーヒーの語源は、地名としての“コファ”に加えて、食欲を減退させる“ワイン”が有力である。いまでこそ食欲をそそるための食前酒として、食生活に定着している“ワイン”は元々全く正反対の目的で引用されていた。コーヒーのアラビア語は本来、“ワイン”の別称で、人の欲望を削ぐことを意味し、“ワイン”が食欲を減退させることと関連して名付けられた。コーヒーには眠気を取り去る効用があったため、アラビア語の“ワイン”という名称が付けられた。15世紀初頭、“イエメンのスーフィー教団で、夜間の修行を補助する飲料”として使われ、16世紀の初めには“カイロのアズハル学院で引用される”ようになり、16世紀半ばにはイスタンブールにまで広まった。スーフィー教団は“神秘的な方法で神”に到達するとの発想を持ち、これらの宗教活動の中に、コーヒーが取り入れられたのである。

コーヒーは現在、生活に潤いをもたらし、生活を楽しむための嗜好品として全世界で受け入れられているが、当時は嗜好品ではなく、宗教生活に不可欠な薬用ドリンクであった。覚醒剤や医薬品として受け入れられていく過程で、一杯のコーヒーを飲みながらビジネスを行う商慣習が生まれる。イギリスに17世紀、ビジネスの拠点としてコーヒーハウスが相次いで出現する。

コーヒーハウスの誕生

イギリスに本格的なコーヒーの時代が訪れたのは17世紀後半であり、東インド会社が設立されてから半世紀後である。コーヒ人気に火がついたのは17世紀後半、そしてコーヒーハウス文化が黄金期を迎えるのは、18世紀に入ってからである。

この時代になるとコーヒーは、東インド会社の人気商品へと成長し、ロンドン市内ではコーヒーハウスが活況を呈する。1650〜1750年代の100年間は、ロンドン市内にコーヒーハウスが溢れ、最盛期には3,000軒を超えるコーヒーハウスがひしめき合っていた。18世紀前半にはロンドンに加えて、周辺地域を含めると8,000軒もあったとされる。

紅茶の国に変身

グレイ伯爵(アール)が好みであった特性ブレンド紅茶ということで、19世紀に命名されたとの伝説が残る“アールグレイ”。海軍大臣と外務大臣などを歴任したグレイ伯爵が、中国を訪問した折に中国茶をプレゼントされたことが縁で、ブレンド茶アールグレイが生まれる。

他にも、ブレンド紅茶の“プリンス・オブ・ウェールズ”は、国王エドワード八世が皇太子時代の1921年、トワイニング社が皇太子のパーソナル・ブレンドとして献上した紅茶に、皇太子がその称号“プリンス・オブ・ウェールズ”を許可したことで命名された。

このように、特性のブレンド紅茶を通じて、王室や政治家と紅茶を巧みに結びつけ、紅茶メーカーは高級品として紅茶をブランド化することに成功する。

コーヒーから紅茶への政策転換

イギリスがコーヒーから紅茶へ移った背景には、オランダとの珈琲貿易をめぐる熾烈な競争があった。オランダは東インド会社との貿易を強化するために、オランダ東インド会社を1602年に設立し、18世紀になるとモカ・コーヒーに対抗できるジャワ・コーヒーの生産・流通に本格的に参入した。

ジャワ・コーヒーがモカ・コーヒーに対抗する新しいブランドとして登場した。オランダは低価格のコーヒーーをヨーロッパ大陸に持ち込み、イギリス東インド会社のコーヒー貿易に深刻な打撃を与えた。コーヒー貿易に将来性を見いだせないとの判断から、イギリス東インド会社はコーヒー貿易から撤退し、主軸を中国との茶貿易にシフトさせた。ここでイギリスは“コーヒーの国”から、“紅茶の国”へと政策転換をした。

19世紀にアフタヌーンティー

イギリスの上流社会に19世紀半ば、アフタヌーンティーの習慣を持ち込んだのは、ベドフォード公爵のアンナ・マリア婦人だと言われている。

昼間の仕事を終え、夜に演劇や音楽会などを鑑賞するライフスタイルが導入され、夕食の時間は徐々に遅くなり、午後8時にずれ込むことも珍しくなくなった。1日2食の食生活が定着していた上流階級にあって、午後8時の夕食ではあまりに遅い。朝食から空腹感を解消するために、午後4時頃を目処にアフタヌーンティーを設けるようになった。

現在、アフタヌーンティーでは、紅茶、フィンガーサンドイッチ、ケーキ、ビスケット、スコーン、クロテッドクリームなどが用意されるが、その原型が生まれたのは1840年代であった。今でこそアフタヌーンティーでは紅茶が定番となっているが、実はベドフォード公爵夫人が楽しんだのは緑茶であると言われている。

イギリス国教会

テューダー朝の時代に、国王ヘンリー八世とキャサリン・オブ・アラゴンとの離婚問題がこじれ、カトリック教徒の総本山バチカンと対立関係になる。ローマ教皇が認めない王妃との離婚を決意し、ヘンリー八世はバチカンとの関係を断ち切り、国王至上法を制定し、新たにイギリス国教会を1534年に設立した。王妃の侍女アン・ブーリンに一目惚れし、アン・ブーリンと結婚したいという理由で、イギリスにおける宗教改革が動き出した。これ以後、カトリック修道院の土地を召し上げ、修道院の建物を破壊・焼き捨てる、という国王命令が布告され、至る所に忽然と空き地や公園が誕生する。

国王を至上とし、イギリス国教会の規律や慣習を“受容”したプロテスタントを国教徒と呼ぶ。国教会の規律などを否定したプロテスタントが、非国教徒となる。聖書を唯一の権威とし、禁欲的な道徳観に裏打ちされ、規則正しい節制の生活を求めた清教徒(ピューリタン)はその代表例である。ピューリタンの語源は、聖書の教えに反するイギリス国教会を“純化する(Purify=ピュリファイ)”という使命に求められる。

本書は、海賊の役割に光を当て、海賊を通じて世界史を見直す作業をしている。

エリザベスの時代には、インド洋〜東南アジア海域〜太平洋を大きく包み込む地理的概念を“東インド”と呼び、海外貿易で世界の市場を動かす“東インド会社”が設立された。スパイス(香辛料)やコーヒー、紅茶、緑茶を輸入するなどして発展した。また、スペイン支配下のカリブ海へ大量のアフリカ系黒人を密輸したのもイギリスの貿易商人であった。エリザベスは、権力者/黒幕/投資家として常に登場・深く関与し、先兵として働いてきたのは本書の主役である海賊である。

海賊たちはエリザベス女王時代の経済的基盤を支えただけでなく、いざ戦争になると特殊部隊として参加し、イギリスを戦争の勝利者へと導いた。海賊が国家権力として一体化した16世紀を基点に、イギリスは歴史上稀に見る大英帝国を築き上げ、18〜19世紀の間、世界の海を支配するようになった。

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