読書ノート

日本史の謎は地政学で解ける

西からやってきた天皇

昔々、神が天上界より南九州の火山帯高原に降り立った。その子孫である神武天皇が、日向の地から東進を開始した。このとき、山が多い陸路より、海路が活用された。

日本書紀や古事記では上記のように書かれている。おそらくは“米作農業知識人”を中核とし、九州北部から支配地を拡張したと思われる弥生人が、瀬戸内を中心に広がっていた“やまと国”を長い年月をかけて吸収合併し、今の奈良県に“大和朝廷”と称した政府を立ち上げたと思われる。

なぜ地図上では近いはずの四国の南側に沿ってではなく、瀬戸内を経由して紀伊半島南部を目指したのか?それは、太平洋側が舟艇にとっては恐ろしい海域だったからである。

恒常風である西風に、北風も加わり、船がひとたび陸岸より話されてしまうと、沖合には強い海流(黒潮)があって、古代人の櫓櫂漕ぎでは逆らうことはできない速さで、どんどん沖に運ばれてしまい、北太平洋を果てしなく漂流することになってしまうからである。

“遠の朝廷”太宰府

北九州北部は、大陸や半島から最短の距離にある経済的な要地である。一方で、外国からの攻撃にさらされやすい。もし、本州に海外勢力の拠点が作られた場合、九州からでは討伐が随意ではない、というデメリットがあった。

しかし、九州北部にある太宰府は、日本の首都にならなかった。それは、日本周辺の海流と季節風が原因である。北東ユーラシア大陸の陸地が海よりも早く冷えやすい(空気が重くなりやすい)のと、偏西風があるせいで、日本の周辺海域には北西風が吹いている。対馬海峡(朝鮮との海峡)には、南シナ海から常に暖流が日本海に向けて流れ込んでいる。その上を北西風が吹くと、海流と海上風の向きが異なるため、海面がおそろしく波立ち、船は安全に航海ができない。日本と朝鮮半島の関係が“イギリスとフランス”のような関係にならなかった理由は、ここにある。ドーバー海峡は泳いででも渡れるが、日本から半島経由で大陸に行くには必ず命がけの覚悟が求められた。

遣隋使船のような長距離航海に耐える大型船が建造できるようになると、そもそも瀬戸内ルートを利用すれば関門海峡からの航程を延長するのは造作もなかったので、やはり大宰府に遷都しようとはならなかった。

もし太宰府を首都にすると、大陸や半島からの敵勢力は、兵庫県あたりに間接進路工作を進め、太宰府を半島と北陸から追撃しただろう。あるいは大規模な遠征軍をいきなり山陰海岸に送り込んできたかもしれない。このような事態を未然に防ぐには、九州北部はあくまで“アンテナ基地”としておくのが軍事的にも合理的だった。

源頼朝と鎌倉幕府

源頼朝は、1180年に“秋の収穫シーズン”に合わせて挙兵した。その頃の世界は温暖化がピークに達していたため、関東平野を筆頭に日本の東側一帯では、兵粮米の備蓄増と人口増が続いていた。

一方で、近畿と瀬戸内地方は、水田の開発限界に達しつつあったため、温暖化はむしろ干害や洪水撹乱から収穫減を招いていた。

また、関東以上に温暖化の恩恵を得ていたのは、陸奥(東北地方の一部)と出羽(山形県)の農地だった。奥羽地方にはすばらしい開発余地がある、ということで人口増が続いた。

源頼朝は、奥羽からの適切な距離がほしかった。奥羽からの防御がしやすく、また奥羽への出撃もしやすい位置に鎌倉はあった。源頼朝が鎌倉に幕府を開いたのは、奥州藤原氏と、京都にいる後白河法皇に挟撃されたときのリスクを軽減できる中間地だったからである。

ふたたび京都へ

源頼朝が奥州藤原氏を意識したように、足利尊氏が注意を払ったのは、南朝の動向だった。彼らを十分に監視し、また、西国の勢力が彼らと結託しないよう、目配りする必要があった。それには、西国から遠く離れた地で幕府を開くわけにはいかない。

もし京都に幕府を置かなければどうなるか?不満を抱いてくすぶっている南朝の取り巻きたちが、すぐに吉野から京都に対する転覆工作を活発化させるに違いない。それに呼応する地方反乱も西国のものであれば重大な脅威となる。その逆に東国で騒ぎが起こったとしても、東国各地の糧食の備蓄は足りないために“反足利軍”は大規模化しないからである。

要は、源頼朝は、奥州藤原氏の“東寄りの政権”を立てたのに対し、足利尊氏は、南朝の取り巻き達と西国の権力者たちに対抗するために“西寄りの政権”を立てたのである。

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